水茄子のおつけもん

近頃はデパ地下のお漬け物やさんに行けば
必ずと言って良いほど「水茄子」の糠漬けが並んでいる。
私の故郷近辺の特産の茄子を漬けたものである。
ちょうど女性のにぎり拳くらいの大きさ。
ふっくらとした顔立ち、どちらかと言えば「安産型」
綺麗ななす紺の着物をまとっていて外からはわからないが色白でみずみずしい。
年頃で言うと番茶も出花、十八、九と言ったところか。

今でこそ流通が発達しクール宅急便であっという間に
全国に配送でき、お遣い物に歓んでもらえる。
私が幼い頃はお勝手の裏に子供なら一人は充分入りそうな大きな樽の糠床があり
我が母は割烹着の袖をたくし上げ
毎日、よっこらしょとかき回していたものだ。
「毎日手を入れてかき回さないとあかんの、
佳子もお嫁に行ったら旦那さんに美味しいお漬け物
漬けてあげなさいね」と‥。
それから十数年後、その糠床を分けてもらって
母の真似をしてはみたが敢えなく撃沈。

夏になると綺麗な紫のような紺色の水茄子のぬか漬けが朝 夕、食卓に必ず供されていた。
と言っても当時は水茄子という名前では呼ばず
「お茄子のおつけもん」あれがいわゆる「茄子」だったから。
和歌山出身の父は毎朝、茶粥とお漬け物、
お浸しやゆうべの残り物と人参ジュースという奇妙な取り合わせのメニューだった。

特に人参ジュースは今でいう京人参を
(八百屋さんに出回っていたものがあの赤い人参だったので人参はやはりあれが普通だった)
下ろしたものをジューサーで絞り
そこに卵の黄身を落としよくシェイクした飲み物で
今、書きながらも眉をしかめているくらい奇妙な飲物だし、それを毎朝美味しそうに飲んでいる父を
「何を好き好んであんなもの飲むねんやろ」と
パンが朝食の私は横目で見ていた。
母は健康のことを考えて考案したと思われるが‥wうである。

私にとっての水茄子は茄子で、東京に来て初めて茄子を見た時にはあまりに細長いので驚いた記憶がある。
人参はいつの間にかオレンジ色のものが並ぶようになり違和感はなかったが茄子には驚かされた。
一昔前までなかなか東京でお目にかかれず
夏休み、それが楽しみで子供達を連れて実家に帰る。
母はその日の朝、漬けてくれ夕飯にはサラダ感覚で
一人で二個たいらげてしまうほどだった。
皮が薄く柔らかくさくさくとした歯触りとみずみずしさは何とも言えず、子供の頃の思い出と共に、
母に甘えられる喜びで一杯だった。
母はそんな私の顔をのぞき込むように
「美味しい?」と聞く。
「日本一美味しい!幸せ!」と言うと
満面の笑顔。その顔は今でも忘れられず
手を伸ばせばほっぺに触れられそうで
いとおしく温もりまでが蘇る。

デパートに並んでいる水茄子はおすまし顔だ。
たっぷり糠をまといお雛様のよう。
一つ450円〜500円もしてとても買う気になれない。
兄から送られてきたり送料を足して「お取り寄せ」をしても安くて美味しい地元ならではの特権だ。
温暖化のせいなのか真夏の風物だったぬか漬けを
今は初夏の味として楽しんでいる。
しかも故郷から遠く離れた東京で。