今年はいつもの年より桜の開花が早いという。
去年の夏は冷夏でこの冬は暖冬。
近所の桜の木は去年の秋
贅肉をそぎ落とすかのように葉を落とし
静かに呼吸をしながら春を待っていた。
生まれたばかりの赤ん坊のように
蕾みの中の花びらは濃いピンク色で
固く身を閉ざしている。
土の中では虫がごそごそ動き出し
鳥たちが耳もとで囁きはじめる。
陽の光りは天から降りそそぎ
時を知らせてくれる。
注意深くあたりを見渡しながら
ゆっくり腕を伸ばし大きく伸びをする。
薄紅色に変えた花びらが風の中で揺れ動く。
生命あるもの全てがこの瞬間を
待っていたかの様に動き出す春を
私は毎年待ち焦がれる。
生まれたばかりの子供を
早く外に連れて行きたくて。
冬生まれの子供は家で過ごす時間が長くなり
春が待ちどおしかった。
暖かくなって久し振りに歩く町の様子は
変わらないのに
日常の何気ない風景や出来事が違って見えた。
土の匂いや風の音,苦手だった虫たちさえも
愛おしく,歓びと輝きに満ちていた。
それは私が初めて出会う別な私だった。
子供達は大人になったけれど
春は今年もあの時の思いを呼び起こし
幸せな気持にさせてくれる。
そんな春の風が吹き抜ける午後
お見舞いに出かけた。
その日は彼女の誕生日で
申し合わせたかのように仲間が集まり
入院先での誕生祝いとなった。
彼女は桜の枝と提灯のついたヘアバンドを
頭に付け私達を迎えてくれた。
担当の先生も看護士さんもニコニコ顔。
バースデーケーキに蝋燭を立て
「Happy Birthday To You♪」を歌い
若い彼女の顔は桜色に上気し美しかった。
そのあと二人で「私はスパイ」を歌う
好んで歌ってくれているそうだ。
いつも陽気なご主人もくちずさんでくれる。
あの街とこの街に日が暮れて・・・♪
「ヒゲのはえたスパイが女の子だなんておもしろい」
スパイは女の子だと思っているようだ。
「あれ?女の子だっけ」と私。
彼女が病人であることを忘れてしまう程
楽しい時間を過ごした。
お見舞いしたのかされたのか?
春真っ盛りの頃,彼女はネコと夫の待つ
家に帰るだろう。