穂高での出会い

燕岳〜大天井岳〜常念岳の尾根を縦走
お花畑の中を爽快な気分で歩いたのが
8年くらい前。
その後、誘われるままに八ヶ岳縦走、丹沢、槍ヶ岳、剣岳と日本の名山と言われる2000〜3000m級の山を登り歩き今年、3年ぶりの登山、穂高へ。

長野県をはじめ各地で大きな被害をもたらした大雨と
長引いた梅雨という気象条件が登山に影響を与えた。
天候は最初から織り込み済みではあったが
自然の威力を目の当たりにし
後ずさりをしてしまう場面もあった。
いつもなら見られる幾種類もの高山植物や雷鳥
おしどりや鴨にも殆ど出会えなかった。

しかし、それに勝るとも劣らない出会いがあった。
涸沢ヒュッテの売店の近くに陣取って
3人ビールを飲んでいたら
小さな男の子が、お姉ちゃんと思える女の子と
二人で売店に来た。
それぞれ自分の身体の半分もあろうかと思う
ザックを背負っていた。
男の子は5〜6才、女の子は7〜8才。
靴の後ろに名前が書いてあった
「○△・ほたか」
え〜!3人で目を合わせた。
「穂高くんて名前なんだ‥」
家族でキャンプをするらしくテントを
張ってある場所から駆けてきては
テラスにいる顔見知りの人と話していた。

なぜだか 私はその男の子に釘付けになってしまい
ずっと目で追っていた。
岩場だろうがどこだろうがずっと駆け回っている。
まるこめ味噌のCMに出てくる男の子のような
くりくり頭。
話をしたいという衝動にかられ
そんな機会を待ってはいたが
子供に纏わる嫌な事件が多発している昨今
軽々に声はかけられない。

私達は山が見える場所に移動し引き続き柿ぴーを肴に生ビールを飲んでいたら、彼がやってきてタイミング良く声をかけられた。

常富隊長と吉田副体調も参加し
「ほたかくんて、名前なんだ」
「なんで知ってるの?」とやや引きぎみ。
「靴に書いてあるでしょ」
「なんだ、見たの?」と。
段々近づいてきて人なつっこい目で私を見た。
まっすぐ、しっかりと私の深いところを
見ようとしていてこちらも真剣にならざるを得ない。
「この山と同じ名前なのね」にこっと笑って
淀みなく「うん、僕の山だよ」
小学校1年生だそうだ。
映画の話をしてくれた。
「お母さんがダビンチコードを見に行ったんだよ。
僕も行きたかった。」
小学1年生がダビンチコード‥。
「僕ね、チャーリーとチョコレート工場見たよ」
「うん、見た見た、おもしろかったね」と私。
これは大変、襟を正して向き合わなくては。
そこで当然の如く
「パイレーツ・オブ・カリビアン・デッドマンズ・チェスト」を見た?と聞いたら
「見てないけど、あの大きなタコが出てくるのでしょ。コマーシャルで見たよ〜」と。
ほたかくんもジョニー・デップ ファン?

「怖いぞ〜、泣いちゃうぞ!」と常富隊長。
隊長はほたかくんと同じレベル。
男の人はいつまでたっても子供だ。
それにしても見ておいて良かった。
張り合ってどうする!
「僕、CARSも見たよ!」ニコッ。
「え、それ見てないけど、あ〜車のアニメね」
「そう、おもしろかったよ〜」
ご両親が映画好きなのだろうと想像する。

「ねえねえ名前なんていうの?」
「けいこっていうの」
「ねえねえけいこはさあどこに住んでいるの?」
なんて話しているとご両親がやってきて
そろそろ帰ってらしゃいと。
お母さんに安心してもらう為にご挨拶をして別れた。
山の夕飯は早いからテントでの食事の支度のお手伝いだ。

ふと気が付くと、どこからか歌声が谷間に響く。
上下ジャージー姿、地元、奈川中学のコーラス部の
仲間が歌ってくれた「校歌」と「ふるさと」だ’‥。
久し振りに聴く「ふるさと」は胸に響いた。
♪うさぎおいしかのやま〜♪
この世の楽園とも言える山々を背景に美しい歌声が響き
目を閉じて聴き入った。
ここまで来た甲斐があったと言うものだ。

今回の山での出会い。
北海道から家族4人フェリーでやってきた
ほたかくんファミリー。
奈川中のコーラス部のみんな。
山小屋で気軽に声をかけてくれる登山の先輩達。
かみそり岩で
(北穂高から涸沢までの岩の稜線に勝手につけた名前)
出会った二人の若者。みな優しくあたたかい。

少なかったとは言え、
センジュガンピ、ミヤマキンポウゲ、チングルマ
などの花はやはり心を癒してくれた。
苔の緑が目に鮮やかだった。
吉田さんが教えてくれた蝶々「あさぎまだら」
威風堂々としていた。
上高地「しみずばし」の岩魚。
吹き抜ける風、雲、青い空‥山に行かなければ
触れあうことのできない出会いだった。

翌朝、天候を見に外に出ると
穂高くんが歯磨きをしていた。
「ねえねえちょっと来て」と言われたの
でテラスに座ったら
「昨日お父さんに叱られた」と‥
「どうしたの?」と聞くと
「名前を呼び捨てにしてはいけないよ」と
言われたらしい。うかつであった。
「そうか‥。」
私は子供から名前を呼び捨てにされても構わないが
ほたかくんちの教育方針なのだからそれで良いのだ。
「けいこさん、ごめんなさい。僕もっと話したかった」
ちっともごめんなさいじゃあないのに。
「ううん、こっちこそごめんね、ほたかくんと会えて良かった!またどこかで会えたらいいね。元気でね、さようなら。」
「うん、さようなら!」
私の方こそもっと話していたかった。
恋人と別れるみたいに切なくて涙がでそうになった。
忘れない、きっと。

どんな低い山でも登山に「楽」はないと思う。
今、何故登るのだろう‥

一歩一歩、歩くことで始まり、そして終わる。
登ったら降りなくては家族の待つ家には帰れない。
山で行をする修験者のことを思う。
今、目の前にあることだけに集中していると
雑念がなくなる。
私の場合、余計なことを考える余裕がない
だけなのだけれど。
日常ではできないことを経験しそれを学び、
下界に降りたら実行するぞと‥。

年がら年中、これでいいのかなと不安な気持ちでいる。
誰かがびしっと「それは違うでしょう」と
言ってくれることなんてそうないから
厳しい場に身を置いて身体で感じる何かを
待ってているのかもしれない。
マラソンのときも同じような気持ちだった。
答えはなかなか見つかりそうにないけど
いつか何かが見えてくると嬉しいな。
素晴らしい出会いに感謝!
最後に、カメラと8ミリビデオを持って奮闘してくれた常富喜雄隊長、常に私の後ろにいて気遣ってくれた吉田光夫副隊長、両氏に心からありがとうを!

3人でこっそり試写会するぞ〜!